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たらいまです。(追記あり)

2013年07月07日 00:19

こにゃにゃちわ。お久しブリーフ。

かなりご無沙汰してすいません。

しっかし!

ご無沙汰してる間に、この暑さは何でしょか?!

一気に真夏なんて、体がついていきませんがな。


その節は、みなさんに、ご心配とお気遣いを沢山沢山頂きまして

コメントもこんなに沢山頂戴するとは思ってなくて、

ただただ皆さんの優しさに感謝しかないです。

ほんまにありがとうございましたm(__)m

私は元気ですよ!

もう至って普通の生活に戻ってます。

ただ、、、1週間も休むと仕事に行くのが嫌で仕方なかったですよぉ。



葬儀も無事に滞りなく済み、一段落してほっと一息ついてる状態です。

早いもので明日で二七日です。

葬儀は結婚式と違って突然やってくるんで、

心の準備と言うか、落ち着いて考えてる暇もなく、

慌ただしく色んな事を決め、決まったら今度は

段取りを一つ一つこなす事だけが精一杯で

ほんまに悲しんでる余裕がないですね。

ただ、父の時とほとんど同じだったので、

慣れてると言ったら変ですが、流れはわかってたので、そこは助かりました。



母満70歳。直接の原因は肺炎でした。

発症して丸二日。苦しかったでしょうね。

酸素マスクをしても息苦しいのを見てるのがほんとに辛くて、

少しでも楽にならないかと機械の数値とにらめっこでした。

不謹慎かも知れませんが、母があの苦しみから解放されたのかと思うと、

ほっとしたのも事実です。


母は、10年前にパーキンソンを発症したので、実際は60と言う若さで人生の岐路に立ち

この10年間は病気との闘いでした。

初期の頃はデイサービスや訪問看護など受けつつ、

父もまだ居たので、父と妹が診てくれてました。

何とか薬やケアで、良くならずとも、進行が止まらないものかと願う毎日でした。

そんな思いとは裏腹に、徐々に手足の自由がきかなくなり、

必然的に寝てる時間が増え、家族だけでは無理な事も多くなり

父の入退院もあったり、仕事を持つ妹には無理も言えないので

病院に預けて、交替で看病しに行き、後半の二年は

病院で診て頂きました。



病院によって方針や対応が違ったりするので、

なるべく母が気持ちよく過ごせるとこを探したら

同じ滋賀県内でも、片道一時間半はかかる遠方の病院になってしまいました。

入所時に、病院としては延命治療は行わないなど色々な説明を受け

姉妹三人で都合を付け、母の顔を覗きに通いました。

入った頃は、まだ私達の問いかけに笑顔も見せてくれてました。

自ら話せないし、理解もしてないだろうけど

私達が来てる事は何となくわかってる感じでした。

覗き込むと、私達の顔を目で追うんですよ。

『ばあちゃん、おはよー。今日はええ天気やでー』

『ばあちゃん、来たよ~。今日は娘の成人式の写真持って来たよ~』

『ばあちゃん、具合どうや?あ、今日は機嫌悪そうやなー。』

『ばあちゃん、こないだの結婚式の写真持って来たよ~』

機嫌がいいと、コクリと返事をしてあははと笑って、

ご機嫌斜めだと、むすーと返事もしてくれなかったりね。

ヘルパーさんは、家族さんが来てくれると嬉しそうですよ!と。

認識出来なくても、わかってくれてるのかと思うと嬉しかったです。

お見舞いに来てくださる方は、白髪で歯も抜けて、

痩せこけた母を見て、さぞ驚かれたと思います。

『まだまだ若いのに……』と。




私も何度ベッドの脇で、これから娘夫婦や孫と一緒に旅行に出掛けたり、

好きだった園芸に没頭したり

残りの人生の楽しみが待ってるんよー!

と声を押し殺して呟いたかわかりません。

たまに、スーパーで親子三世代がワイワイ楽しく買いものをされてるのを見ると

こんなごく普通の事をもっともっとさせてあげたかったと、

悔しかった時もありました。



これも母の人生。

でも、逝くには早すぎます。

わかっていても、もう少し一緒に居たかった。

あれもこれも、色んな想いが溢れますが

ただ、感謝してるのは、娘の成人式を見てくれて、

妹の結婚式、新婚旅行も無事に済むのを待っててくれたんだなと。

母は母なりに考えてくれたんですよね……きっと。

『もう安心したし、毎回遠いとこまで来るのも大変やろし、もうええよ』

と思ってくれたんでしょうか。

それとも、強がりな父が天国から『もうそろそろかまへんやろ。ワシも寂しいわ。』

と誘ったんですかね(泣笑)

私がかけた最後の言葉は『ばあちゃん、また明日来るしな』

『うん。』

苦しくてわかるはずもないのに、コクンとうなずいてくれて。

ビックリしました。母はわかってくれてたんですね。。

父の時と一緒で、まだ実感は沸きませんが

母にして貰った事、優しかった母に感謝して、

寂しくなったら、思い出の中の母に会いに行こうと思います。

父に尽くし、娘三人を育て、いつも優しかった母は世界一の母です。

私の独りよがりな解釈かも知れません。

母にしてみれば、もっとして欲しい事もあったと思います。

振り替えれば後悔もありますが、その時その時で対応したつもりなので、

母も目をつむってくれるでしょうか。



復活でいきなり、重苦しい話ですんません。

こんな母が居たことを、みなさんに聞いて貰えて嬉しいです。

ありがとうございました。



心機一転、これからもユノの話をバンバンさせて貰います!

三代目の事もバリバリ行きます!(笑)

相変わらずな私ですが、

みなさん、これからも宜しくお願いしますm(__)m



【追記】
母に直接関係ないんですが、喪服の着付けをして貰った方が

なんと、モデルのSHIHO(しほ)ちゃんのお母さんだったんです!

そう、旦那さんが格闘家の秋山さんです。

妹がシホちゃんと同じ高校で遊び仲間だったので、お母さんと妹が盛り上がりまくり(笑)

こんなとこで変な繋がりがあるなんて不思議だなーと

感じた日でもありました。


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